「反応しない練習」のレビュー〜ビジネスも子育ても好転できる〜

・周りの目や反応が気になる...
・過剰に反応してしまう
・「反応しない練習」のレビューが知りたい

 

この記事ではこうした悩みや疑問に答えていきます。

 

この記事を書いている私は30代の共働きサラリーマンで、普段から以下ののような悩みがありました。

 

    筆者の悩み
    ・職場での評価が気になる
    ・妻の機嫌を気にしてしまう
    ・横柄な運転をしてくる車に感情的になることがある

     

    みなさんは、なにかと反応してしまう自分や周りの反応がイヤになることはありませんか?

     

    私は「反応しない練習」を読んだことで、以下のような効果があったと思っています。

     

    「反応しない練習」を読んで実感したこと
    ・仕事中、勝手に比べて嫉妬したりイライラしたりが減った
    ・仕事において周りの反応があまり気にならなくなった
    ・車の運転中、以前より心おだやかになった
    ・妻のグチやイヤミを以前より優しい気持ちで聞いていられるようになった
    ・子供のカンシャクやワガママを冷静に対処できるようになった

     

    私は以前から感情的な人間ではなかったのですが、
    それでもたまに感情的になって自己嫌悪に陥ることを繰り返してきました。

     

    「反応しない練習」を読んだことで以前よりも冷静に、イメージ的には俯瞰して物事を見られるようになったと思います。

     

    もちろん、全く反応しなくなったということではありません。

     

    ですが、仕事でも家庭でも感情の振れ幅が小さくなって、回数も減ったという実感はたしかにあります。

     

    過剰に反応しないこと、反応せず冷静に次何をすべきか考えられることで人生は好転していくと思います。

     

    「仏教」や「ブッダ」と聞くと、

     

    • 難しいのかな?
    • お硬い話かな?
    • お説教みたいなことでしょ

     

    と思うかもしれませんが、この本はめちゃくちゃ分かりやすく、読みやすいです。

     

    少しでも興味が湧いてきた人は、「反応しない練習」の概要や私に刺さったポイントなどをまとめているので、気になるところだけでも読んでみてくださいね。

     

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    「反応しない練習」の基本情報



    最初に「反応しない練習」に関する基本的な情報を紹介しておきます。

     

    著者(草薙龍瞬)のプロフィール

    草薙龍瞬(くさなぎりゅうしゅん)とは、日本の仏教僧侶。著述家。興道の里(こうどうのさと)代表。本名非公表。

    【経歴】
    1969年、奈良県生まれ[1]。
    中学中退後、16歳で家出し上京[1]。
    高校へは通わず、大検(高認)を経て東京大学法学部卒業[1]。
    37歳でインド仏教指導者・佐々井秀嶺の下で得度出家[1]。
    インド、ミャンマー、タイに仏教留学。ミャンマー国立国際上座仏教宣教大学(ITBMU)専修課程修了。
    宗派・伝統に属さない独立出家僧として、各地のイベント・講演会・研修に出張も行う。

    独学で東大を出ている時点ですごい人ですね。

    ほかにもたくさんの本を執筆されています。

     

    「反応しない練習」目次

    「反応しない練習」 目次
    第1章 反応する前に「まず、理解する」
    第2章 良し悪しを「判断」しない
    第3章 マイナスの感情で「損しない」
    第4章 他人の目から自由になる
    第5章 「正しく」競争する
    最終章 考える「基準」を持つ

     

     

    抜粋ポイントとコメント

    この章では、私に個人的に刺さったポイントと、それに対するコメントを紹介していきます。

     

    ここでは10個に絞りましたが、本当はまだまだたくさんいい文章がありました。

    絞るのが本当に大変でしたが、あくまで「今の私(筆者)」に刺さったポイントのみを抜粋しています。

     

    「他人の小さなことが目について、不満を感じてしまう」という悩みの正体は、「もっと自分を認めてほしい!」という承認欲だったりするのです。

    私は他人の行動が気になったり、不満を感じることの正体に承認欲が関係してくるとは考えたことがなかったので、驚きました。

     

    ですが冷静に考えれば、承認欲を感じない状態、つまり人と比較する必要がない状態であれば、他人の「小さなこと」にいちいち反応しないなと、納得できました。

     

    これからは他人の行動の細かいところが気になったら、「承認欲が顔を出しているんだ」と考えることで、冷静に対応でそうです。

     

    「正しい理解」に「反応」はありません。ただ見ているだけです。動揺しない。何も考えない。じっと見つめているだけです。そういう徹底したクリアな心で、自分を、相手を、世界を理解することを、「正しい理解」と表現しています。

    反応しないために必要なことは、「正しい理解」をすること。

     

    ありのままを受け止めることで、過剰に反応せず落ち着いて対応できます。

    これは、実際にやってみるとすぐに効果を実感できます。

     

    たとえば、人が「勝手に机を動かしている」というふうに感じるとイライラしてしまいます。

    ですが、「あの人が机を動かしている」とだけ思うと、感情は揺れ動かず、サッと必要な行動だけを取ることができるのです。

     

    ちょっとうまくたとえ話ができませんでしたが、
    何かが起こったときに、動揺せず、何も考えず、ただじっと見つめる。

     

    すると、冷静に対応できるんです。

    ぜひお試しください。

     

    仏教が目指す「正しい理解」とは、逆説的な言い方になりますが、「正しいと判断しない」理解です。そんなことより、「真実であり、有益である」ことのほうが大事ではないか、と考えるのです。

    「正しい理解」をするためには判断をしない。

    それよりも、「真実であり、有益である」ことのほうが大事だと考えます。

     

    真実であるか、有益であるかを考えることは、感情が動く必要がないので、反応もしないですみます。

     

    仏教における勝利とは、相手に勝つことではありません。「相手に反応して心を失わない」ことを意味するのです。

    ふつう勝利というのは「他者に勝つ」ことですよね。

    それが、仏教においては「相手に反応して心を失わない」ことらしいんです。

     

    ようは、「他者ではなく自分との勝負」ということになります。

     

    相手に反応しなかったら勝利、相手は関係ない。

    仏教では「反応しない」ことをとても重視していることがわかる一節でした。

     

    相手の反応を相手にゆだねてしまったら、「悩み」は半分になります。あとは「反応しない」ように努めれば、感情で悩むことはなくなっていくかもしれません。

    相手の反応は自分ではコントロールできません。

    当たり前のことですが、よく忘れてやきもきしてしまいます。

     

    相手の反応は相手に任せて、自分は「反応しない」ようにし、「正しい理解」に努める。

    そうすることで、心穏やかに過ごせそうですよね。

     

    ただし、これ「言うは易く行うは難し」で、無意識でできるようになるには、かなり時間と訓練が必要だなとも思っています。

     

    欲求を生きるエネルギーに変えて「快」を感じる生き方は、合理的です。ムダな欲求に手を伸ばして、振り回されて「不快」を抱えている生き方は、不合理です。

    「快」とは喜びや楽しさのことです。

     

    この一文を読んだとき、私は欲求に振り回されていることの方が多いなと感じました。

     

    欲求をうまく利用して「快」を感じるのは、簡単そうに思えて難しいですよね。

    ですが、欲求自体が悪いものではない、ようは捉え方、利用の仕方が重要ということを学べたことは大きな収穫でした。

     

    人間は、執着している思いを、「相手のため」「世の中のため」「正義」や「愛」のため、と理屈を作って正当化しています。これは親子でも国際関係でも同じです。

    「〇〇のため」というフレーズはつい口に出したり、思ったりしてしまいます。

    ですが、それは「執着」だったんですね。

     

    相手のためではなく結局は自分のため。

    そう言われると、子育てのときもよく使ってしまいがちなワードですが気をつけたいと思います。

     

    仏教では、「まずおのれの内側に、たしかな勝利を得よ」と考えます。

    先ほど紹介した、「仏教における勝利は相手に反応して心を失わないこと」に通じますね。

     

    この一文を読んだとき、なんだかギクリとしました。

     

    「自分に勝てないものが、他者に勝てるものか!」

     

    そんなふうに言われているような気もしました。

     

    勝利を目指すことは悪いことではないが、それには順番がある。

     

    過剰に周りとばかり比べずに、まずは自分の内側に勝利を感じられるよう精進します。

     

    「反応に逃げない」というのは、たとえばちょっとした隙に、テレビをつけるとか、ネットを開くといった反応を止めることです。

    テレビやネットを見ることが、それだけで反応に逃げることになるとは思っていませんでした。

    テレビやネットってなんとなく眺めたりしてしまいますよね。

     

    「反応しない」ようになるためにも、これからは意識してテレビやネットから距離を置きます。

     

    足元を見て、できることを積み重ねる。改善を重ねていく ―こういう努力は、自分の内側だけを見て、今立っている場所からスタートすればよいので、とてもラクだし、自然です。

    妄想しないで、自分自身をしっかりと見つめて改善を重ねていく。

    まず、自分をしっかり見つめることが何気に難しいなと思いました。

     

    なぜなら受け入れたくないと思っている自分も見る必要があるからです。

    ですが、全部ひっくるめて自分でそれは変えようのない事実。

     

    それを受け入れられたら、足元を見ながら自然に改善を積み重ねていきます。

     

     

    仏教・ブッダ入門でもある「反応しない練習」

    この本は仕事や家庭などに限らず、あらゆる悩みの処方箋となるような考え方が書いてある本だと思います。

     

    この本を読んだら、自分に1番刺さったところをすぐに実践していきましょう。

     

    私の場合は、以下の3点をさしあたって実践しています。

     

    • 反応しない
    • 判断しない
    • 妄想しない

     

    ほかにもいくつも実践したいことがありましたが、しばらくは3点に絞ってやっていきます。

     

    身についてきたなと思ったら、あらためて本を読み直し、その時自分に刺さったことをやっていこうと思います。

     

    何度も読み直すべき本です。

     

    あなたは、この本を読んで何から始めますか。

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